大阪市教委・教科書採択会議を傍聴して

大阪市教委・教科書採択会議を傍聴して
教科書採択がこんなにも虚しいものだとは……


 8月5日(水)午前、大阪市教委の教科書採択がありました。私は「子どもたちに渡すな!危ない教科書 大阪の会」の一員として会議を傍聴し、路上で抗議行動を繰り広げる仲間たちのためにLINEで実況中継をしました。
 採択の内容はみなさんご存じの通り、歴史・公民ともに育鵬社でした。その結論は、すでに予想されていたことではありました。大阪の会ではこれまで数度、大阪市教委と交渉し、高尾教育委員を採択から外すように訴えてきましたが、その時の交渉の感触が「あ、これは育鵬社で決まっているんだな」と思わせるものだったからです。
 高尾教育委員はフジサンケイグループの役職を歴任してきた人物であり、育鵬社はいわずと知れたフジサンケイグループの100%出資会社。高尾委員が利害関係者であることは火を見るより明らかです。しかもこれまで、育鵬社教科書の共同発行者である教育再生機構の機関誌に少なくとも4回寄稿し、「私たちは採択地区を大阪市全体の1地区とすることにしました」と自慢までしています。このような育鵬社という一教科書会社の利益を代弁するような人物が教育委員をしていること自体驚きなのに、大阪市教委は高尾教育長をかばい続けました。なんでも教育委員会事務局によれば、高尾教育委員が「教育再生」に寄稿したことは、「軽率ではない」そうです。こんなあからさまな利益誘導をしておいて、軽率ではないと?!
 驚きはそれだけではありませんでした。大阪市教委は採択会場を2日前まで明らかにしてこなかったのですが、あろうことか傍聴者を採択会場に入れないことを決めたのです。採択会場は西長堀の大阪市立図書館内の会議室で、傍聴会場は弁天町の大阪市教育センター。マスコミは入れるけれども、傍聴者は遠くでネット中継を観ておけという具合です。名目は「静謐な環境を保つため」だそうですが、こんな教科書採択など、前代未聞です。
 もし育鵬社を採択するのでなければ、このような傍聴会場の措置は不要だったでしょう。逆に言えば、傍聴人を排除したことが、育鵬社を採択する意志の表れでもありました。

 8月5日は、社会科教科書だけの採択です。社会科の教科書採択だけで1日(正確には午前の半日)会議日程を確保するのも異例のことです。それは大阪市教委のポーズなのだろうと、私は思っていました。「高尾教育委員が利益誘導した訳じゃないですよ。ほら、ちゃんと時間を取ってシッカリと審議したでしょ?」と。それは多分、正解です。でもそれを認めるには余りにもお粗末な、とても教科書採択について議論したと言えるような内容ではなかったのです。

 採択会議は9時30分から13時までの3時間半。そのうち歴史と公民に費やされた時間が2時間半。その大切な審議時間のうち、高尾教育委員は35分、大森教育委員長は60分も、延々と独演を続けたのです。それも教科書採択とは余り関係のない、自己の偏った歴史観や共産主義への憎悪ばかりを、ただひたすら。
 高尾委員は「歴史はカオスだ」と語りだし、唖然とさせられました。どうやら「歴史は多様な見方が出来る」
ということがいいたいようなのですが。そもそも歴史とは権力者の所有物だったものが、当時の農民や商人、あるいは日本人以外の民族をも考察することによって多様性を獲得してきたという経過があります。「単一の歴史観は歴史に対する暴力」といいながら、天皇制史観というべき戦前の単一な歴史観に引き戻そうとするのですから、論理が破綻しているとしかいいようがありません。そして話は脱線していき、「千島列島は日本の領土」「原爆投下はアメリカの世界戦略が原因」「ポツダム宣言を黙殺するべきではない」……挙げ句の果てに坂本龍馬暗殺とか……何が言いたいのかどんどん分からなくなっていきます。それが教科書採択となんの関係があるのでしょうか?
 また公民教科書の議論でも高尾委員は、「外国人や部落差別を様々な形で取り上げており、世界の人権問題の視野が広い」と、事実とは全く真逆の発言もしています。
 しかし、高尾委員よりも輪をかけてひどかったのが、大森教育委員長です。「20世紀最大の惨禍が共産主義。ナチズムや戦争よりも共産主義の方が惨禍だった。なぜ戦争は断罪されるのに、共産主義は断罪されないのか」「歴史学会は政治的でマルクス主義歴史観にのっとっている。マルクス主義こそ不寛容であり、独善だ」等と、共産主義に対する敵意を執拗に繰り返しました。ご自身の思想信条は勝手ですが、教科書採択の議論でそればかり繰り返すのは、あまりにもおかしすぎます。
 そして公民の教科書採択では「個人的に」各教科書の評価を行っていましたが、全16項目の評価の観点のうち、安全保障に関するものが3項目、資本主義の優位性についてが2項目、フランス革命の負の側面が1項目、共産主義の惨禍が1項目という、とても偏った評価の観点で点数づけされており、そのため育鵬社が14点に対して東書がマイナス19点という、やはり恣意的に偏らせた結果になっていました。
 私はこのふたりの退屈な独演会を聞いていて、なんだか虚しくなりました。ここにいる5人の教育委員達のうち、誰も子どもに向き合っていないことは明らかです。大阪市の中学生にとってどの教科書が一番いいのかということは、誰も口にしなかったからです。教育論すらありません。ここにいる教育委員は、政治には興味があっても、教育には興味がないのです。子どもには興味がないのです。私はその事実に怒りを通り越して、あきれ果て、虚しくなってしまったのです。
 この会場で傍聴するまでは、私は怒り心頭でした。これまでの経過から育鵬社が採択されるのは間違いないと思っていましたし、大阪市教委のこれまでの態度や、育鵬社教科書と現在の安倍政治との連続性など、とにかく怒っていたのです。しかし、密室でたっぷり時間をかけて採択するのだから、考え方は違えど大阪市教委の「誠意」で、それなりの「理由」をもって採択するのではと、ひょっとしたら私は期待していたのかも知れません。
それは全く裏切られました。このような独演会は、もはや教科書採択の体さえなしていません。人の話を聞かず自己満足に終始し、傍聴者を最初から排除した芝居など、「茶番」の名すら値しません。もしその場での傍聴が認められていたら、きっと多くの人がキレて抗議し、退席させられたことでしょう。それほど無意味で、我慢がならない会議でした。
 結果は、歴史の教科書は育鵬社4票、帝国2票で育鵬社、公民は育鵬社4票、日文2票で育鵬社でした。しかし議論の過程で対立らしい対立はなく、むしろ全員一致で育鵬社を採択をしないために仕組まれた出来レースのようでした。
 こんな決め方をされてあんな教科書を使用させられる子どもたちの心情を思えば、とても我慢がなりません。

 会議終了20分前に、大森教育委員長から緊急動議がありました。(会場には大森発言とともにペーパーが配られていきます。呆れるほどの出来レース。)社会科が政治焦点化しているから、多角的に学ぶという意味で、教科書を複数使用してはどうかと提案したのです。これはあからさまな利益誘導をしたことに対する批判を避けるために行った措置であることは明らかでした。私たちが一生懸命働きかけてこなければ、このような展開もなかったでしょう。
 これに対し、大阪市教委(事務局)は「教育効果を十分に理解できる」と答弁し、「制度的にも経済的にもおかしい」と主張した帯野教育委員を除く5人の教育委員がこれに賛成しました。予算措置が伴うためか「付帯決議」という形でまとめられ、歴史は帝国、公民は日文の教科書が補助教材として使用されることになりました。
 子どもたちに渡るのが育鵬社教科書だけではないということに、正直いえば一瞬ホッとしました。そしてすぐに、そんな自分が腹立たしくなりました。
 もし育鵬社教科書だけが使用されるのであれば、「育鵬社教科書を使用するな」と働きかけを始めたでしょう。そこには当然、補助教材として別の教科書を使用することも選択肢のひとつとしてあるはずです。
 しかし、やはりこれは筋が違います。大森教育委員長がいった「多角的に学ぶ」というのは、それも含めて一冊の教科書に記述されているはずです。そしてもし「多角的に学ぶ」のであれば、日本軍「慰安婦」問題や強制連行についてシッカリと記述された教科書を使用するべきです。そしてそれ以前の問題として、「多角的に学ぶ」にしても育鵬社の教科書は危なすぎます。
 そもそも育鵬社教科書を採択しなければ、こんな無駄な予算を使う必要もないのです。

 このような無意味な採択を許せるはずがありません。こんなしょうもない政治談合とあからさまな利益誘導のために、子どもたちを犠牲にはできません。
 これからの4年間、大阪市教委が行った理不尽を糺していき、子どもたちに教育を取り戻す闘いを開始したいと思います。
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